
子どもの頃住んでいた家のすぐそばに古い大きな墓地があった。
そこは巨木が生え、草っ原もあり、
周りに空き地や公園のなかった僕ら子どもたちの絶好の遊び場で、
缶けりや野球、鬼ごっこ、虫とり等、とにかく、なんでもその墓地の中で遊んだ。
そんな友達の中にマー坊がいた。
マー坊は二つほど年が下で、歩く時に少し足をひきずる癖があった。
今で云う軽度の障害者で、言葉も同年齢の子と比べると遅れていたのか聞き取りにくかった。
そのせいか、口数もあまり多くなくて、黙っていることが多かった。
それでも、僕のことを「たらゆきにーちゃん。」って呼んで、イガグリ頭に汗をいっぱいかいて、
遅れないように、遅れないように、僕の後ろからついて来る。
僕はそんなマー坊が可愛くて、本当の弟のように思っていた。
どんな遊びをやるにしても、「がめんちょろ」(年齢が小さかったり、運動の能力が劣った子に、
なんらかの特権を与えて、同等に遊べるようにした子どもたちのルールの呼称)にして、仲間にまぜた。
マー坊の家には黒い痩せた猫がいて、名前はミミと云った。
ミミはいつも縁側で寝ていた。
ときどき、虫やトカゲをとっているのを見かけたりもした。
僕は、ミミを見るといつも「黒猫のタンゴ」の歌を思い出して唄った。
マー坊も一緒になって唄った。
僕らが墓地から帰ってくると、先が曲がったしっぽをピンと立てて挨拶をした。
とても、可愛い猫だった。
マー坊が一年生になって、はじめての夏休み。
突然、マー坊の家が引っ越しすることになった。
僕はびっくりして、母親に聞いた。
「どーして、マー坊はひっこすと?」
「マー坊のお父さんは、なんで、いなくなったと?」
その質問に母は、
「忠之が、大きくなったらわかるようになる。」
とだけしか教えてくれなかった。
そして、引っ越しまでにまだ少し日があるから、
それまではマー坊とよく遊んでやるように、と、言った。
お盆の精霊流しの前の日、マー坊は引っ越していった。
家族みんなで、国道沿いのたばこ屋の所まで見送った。
僕はずっと黙っていた。
寂しい気持ちと、泣きたい気持ちと、
人前で泣いたら恥ずかしいんだという気持ちが入り交じって、
ただうつむいていた。
もう、出発するという時になって、やっと、母にせかされて、
「さよなら」とだけ言った。
するとマー坊は、いつものように笑って、
「また、明日ねっ。」と言った。
僕は急に涙が出てきて、止まらなくなった。
トラックが見えなくなっても僕はずっと泣いていた。
僕が高校生になって、いつだったか、思い出したように母がマー坊のことを話してくれた。
マー坊のお父さんが事業に失敗し、たくさんの借金をかかえたまま、いなくなってしまったこと。
残されたお母さんは、その借金の返済のため一人大阪に出稼ぎに行ったこと。
マー坊は、福岡の叔母さんの家に預けられたこと。
その後、何度か、マー坊のお母さんから手紙が来たけど、
今はもう、どこにいるのかわからなくなってしまったこと。
マー坊が引っ越していった後、黒猫のミミは、しばらく僕のうちで飼っていた。
でも、僕はミミを見るたびマー坊のことを思い出すのが嫌で、
前のようには好きになれなかった。
もう「黒猫のタンゴ」も唄わなかった。
そのミミも、それから、すぐに僕の家からいなくなった。
あちこち、みんなで探したけど、結局は見つからなかった。
父は、きっと車にでも、はねられたんだろうと言った。
でも、僕はそうは思わなかった。
きっとミミは、マー坊のいる所に行ったんだと、
その時は思っていた。
