チャチャが子猫を産む。
押し入れの一番奥で、ボロ布と新聞紙がひきつめられた箱の中、
チャチャはずっと横になったままだった。
「今夜か、明日の朝だな。」
そう言って父は押し入れを閉めた。
その夜、僕はなかなか寝つけなかった。
何度か布団を抜け出しては押し入の中をこっそり覗いた。
チャチャの眼だけが暗い押し入れの中で光ったり消えたりしていた。
「どんな子猫なんだろう?」
「何匹生まれるのかな?」
「名前は何にしようか。」
布団の中、そんなことを考えているうちに
僕はいつの間にか眠っていた。
明くる朝、起きるとすぐに押し入れを開けた。
するとゆうべまであった箱がなかった。
もちろん子猫の姿もどこにもない。
ただ、その周りをチャチャがニャーニャーと鳴きながらウロウロしていた。
「子猫はどがんしたと?生まれたとやろう?」
台所に行って母に聞いた。
「子猫はおらんよ。」
流し台を向いたまま母が言った。
「なんでー? どこに行ったと?」
「ねー、どこに行ったと?」
やっと母が振り向いた。
「お父さんがうちではもう飼えんて言うて、生まれてすぐ殺したと。」
「なんで?・・なんでー!!!」
「お父さんが考えことやけん、しかたなか。」
僕は隣の部屋で新聞を読んでいた父の所に行った。
「どうして子猫ば殺したと?」
父はそのままの姿勢で背中越しに言った。
「犬のチョロもおるし、猫はもうチャチャだけでよか。」
「だったら、殺さんでも保健所に連れていけばよかたい!!」
「保健所に連れて行っても、最後は殺されるとぞ。同じことたい!!」
そう言ったっきり父は何も言わなかった。
子猫はおかきの入っていた缶の中に水と一緒に入れられ、
その中で死んでいた。
全部で3匹だった。
僕はそれを缶のまま裏山に持っていき、穴を掘って埋めた。
家に戻ると、まだチャチャが倉庫の周りをウロウロしていた。
へっこんだお腹が悲しかった。
日曜日、
母に連れられて僕はデパートに買い物に行った。
途中、お寺の前を通った時、駐車場の隅に無造作に置かれた紙袋の中から猫の鳴き声が聞こえた。
捨て猫だとすぐにわかった。
僕は近寄って紙袋の中を見た。
1匹の子猫だった。
子猫は僕に気がつくと余計にニャーニャーと鳴いた。
母も横に来て袋の中を覗いた。
「もう目がちゃんと見えとるとやね。」
「うん・・悲しそうに泣いとる・・」
「どっちが可哀想やろか?」
母が言った。
「どっちって?」
「生まれたばかりの子猫ば殺すのも可哀想やけど、
目が見えて、気持ちもちゃんとわかるようになった猫ば、こがん所に捨てるのと、
どっちが可哀想やろうね。」
「うん・・・」
振り向くと母はもう歩き出していた。
僕も黙ってそのあとに続いた。
夕方、家に帰ると父は寝ころんで相撲を見ていた。
僕もその横に座った。
何か言いたかったが、
頭の中でいろいろ考えているうちに、
なにも言えなくなってしまった。
そのまましばらく二人で相撲を見ていた。
僕の大好きな輪島が北の海に勝って優勝した。
それから数日もたつと
僕はもう子猫の事などすっかり忘れていた。
チャチャもいつものように、
縁側で寝ているばかりの猫に戻った。
