
中学生の頃、行きつけだった床屋に赤茶色の猫がいた。
名前はもう忘れてしまったけれど、
ただ、よく覚えているのは、
その猫の右足が甲の所でつぶれて変な形をしていたということと、
とても人なつっこい猫だったということ。
順番待ちをしている僕にとってはいい遊び相手だった。
その店のおじさんは、あまりしゃべる人ではなかった。
一緒に手伝っているおばさんが、よくしゃべる人だったので、
よけいにおじさんが無口に感じられた。
時々、ソファーに寝ている猫を、毛がつくからと言って怒るくらいで、
あとは、たいてい黙っていることが多かった。
その日も、いつものようにおじさんは黙って僕の伸びた髪にバリカンをあてた。
すると、隣でおばさんと話していた男の客がふいに聞いた。
「なんで、ここの猫は片足が潰れとるとね?」
「あー、あの足ね・・」
そう言いかけておばさんは、おじさんの方をチラッと見た。
おじさんは、なにも聞いてないという感じで、僕の髪にバリカンをあてている。
「あれねぇ・・うちの人が車で引いたとよ。」
「えっ、なんねー、犯人はご主人ねーー」
客は笑いながら、おじさんの方を見た。
僕もとっさに鏡に映ったおじさんの顔を見た。
でも、おじさんは顔色ひとつ変えないで仕事を続けている。
「うん、うちの人がガレージから車を出そうとしたら、
ちょうど車の下に、あの猫のおったとよ。」
「まだ、小さい子猫でね、みゃーみゃー泣いて可哀想かったとよー。」
「それで、どうしたと?」
その客は興味ありげに聞いた。
「そしたらね、この人がすぐに駅前の動物病院に連れて行ったと。」
「もちろんまだ野良猫やったとよ。その時は。」
「野良猫ば、病院に連れて行くっちゃけん、うちの人も、ほんと人の良かって言うかねー。」
「それでね、うちで飼うようになったと。だって、病院代のもったいないやろー」
そう言うとおばさんは、カラカラと笑った。
「人は見かけによらんもんやねーー。」
客も、それ以上何も言わなかった。
僕は、おじさんの顔をもう一度見た。
やっぱり黙ったままだった。
帰り際、それまで姿を見せなかった猫が、
僕がドアをあけるのと同時に外から入ってきた。
そして、そのまんまソファーの上にちょんと飛び乗った。
「こら!!またソファーにすわってー、毛のつくやろーが!!」
そう言ったおじさんのいつもの声も、
その日は、なんとなく優しく感じられた。